「想い綴るふわふわと」七転八倒の25歳がこの歳でなんとなく区切りがついたので書いてみる。

自分のこと、生活の中で感じること、思ったことをそのまま書いてみます。できる限り自分の言葉で。特に移住とか地方暮らしとか地域おこしなんかをテーマに書いていきますので宜しくお願いします。

自己紹介②~移住 (アパレル編 後半) ~ 

 酸いも辛いも苦いもこの時初めての経験だった。

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20歳で転勤し福岡に来て初めて「移住」を経験し県外で暮らすことになったが不思議と何の違和感も不安も無かった。

「こんなもんか・・・」みたいな。行くまではいろいろ考えるけど案外そんなもんだと思う。

 

 

ただ街を歩く人たちが

昨日まですれ違っていた人たちと何か違うことは分かった。

根本的に何かが違う・・・

何かは分からないけど。

なんかもう人種が違う?

みたいな感覚であったことは今でもはっきりと覚えている。

 

 

 

ともあれ福岡で働き始めた僕に試練は襲いかかった・・・

今考えれば明らかに自分に落ち度はあったが、当時は全く分からなかった・・・

 

 

 

新店舗のオープンということで九州中の精鋭を集めて準備を、進めなんとかオープンにこぎつけた。しかし一安心したのも束の間・・・いざオープンしてみると全く売れない。。。売り上げが全く上がらない・・・

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全て自分のせいだと思った。自分なりに考えをまとめるが、統計もデータもなく考えに至る根拠が得られなかった。

そこで結論としては従業員の接客精度を高める。物も場所も変わらないなら人を変えるしかないと思った。そしてこれに注力した。

必死だった僕はとにかく厳しく従業員に接客指導をするよう心がけた。

 

アルバイトや契約社員が賃金以上に結果を出さない・出そうとしないことに理解が出来ず、とにかく1対1で話をして全体の接客力の向上に努めた。

今思えばそれが、というよりそのやり方が間違いだった。

 

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八幡くんのようにはなれなかった・・・笑

 

 

お店のメンバーは、自分以外に、32歳の社員27歳の準社員23歳のアルバイト21歳のアルバイト、いずれも女性である。。。アルバイトとして入社2カ月、業界はおろか社会経験すらない20歳の子供が準社員も社員もすっ飛ばして他所の地で店長・・・アパレルの業界に限ったことではないけど、みんな毎日必死で仕事してる。そんな中にこんなやつが来たら、誰だって決してよくは思わない。その配慮が決定的に欠けていた。分かりやすく天狗になっていた。

 

案の定、お店はどんどん右肩下がりで挙句の果てには「セクハラだ」「パワハラだ」と現代的に貶められていった・・・

 

 

 

 

そして半年後、僕は同じ福岡に出来る新店舗に副店長として移動になった。しかし、なかなかパンチのある挫折を経験した僕はもう退社を決めていて、その旨を上司に伝え半年間という条件で移動した。

 

 

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いろいろあって自分が何をしたいのかを今一度見つめなおす機会になったし、なんか良い機会だなぁと楽観的にも考えていた僕は、兼ねてから夢とか言っていたので

「そうだ!社長にでもなろう!」と決めた。笑

 

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その半年間のあいだはいい感じに方の力が抜けていて、僕は新しいスタッフさんとも嘘のように上手に付き合えた。中間管理職は性に合っていたのかもしれない。

そこの店長さんは前の自分を見ているように悲惨だったが知ったこっちゃなかった・・・笑

 

 

 一応言っておくとこの時出会ったアルバイトの女の子が、その後激動の波乱の怒涛の5年を共に過ごし現在も隣にいてくれている今の彼女である。とにかく感謝しているし頭は全く上がらない。足を向けても眠れない。

ともあれ、そうしてアルバイトの子を口説いた僕は、

半年後二人で商売スタートさせるのであった・・・

 

なんとなく区切りがついたのでこの辺で!またね!

自己紹介①~移住(アパレル編 前半)~

 

 「移住」を語る前に簡単な生い立ち自己紹介f:id:tkt-sekirara:20170423135213j:plain

1991年広島県出身の25歳。高校までサッカーしかしていなかったが気づいたら大人になっていた・・・

 

2011年、僕がまだ大学生だった頃・・当時働き始めたアパレル企業で自分の特性を知った。それまで取り柄の無い「中の中」で、可もなく不可もない人間だと思っていた。漠然としたどこからか取ってつけたような夢だけは持って、得意なことはと聞かれればサ

ッカーと答え、趣味はと聞かれればサッカーと答えた。特別サッカー馬鹿というわけではなく、他者から評価され一目置かれるコンテンツがサッカーしかなく、どちらかといえば業務的な回答であり消去法での回答だった。

しかしそんな空っぽな自分がすごく嫌で何かを変えたくて必死だった。今思えば時間の無駄遣い・・・

 

 

そんな自分の転機はひとしきりもがいて疲れ、大学を休学して友達がやっているからという不純な動機で入ったアパレル業界でのことだった。ほとんど何も知らない業界で見たことも聞いたことも無いディティールや横文字だらけで不安しかなく・・・けれど初めて3日もすれば持ち前の要領のよさと器用さでそれは楽しさに変わった。

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おそらくこの分野にたいしては自分の特性と合っていたのだと思う。

そこからは怒涛の毎日。一つのことに集中すると一切周りが見えなくなる体質の自分は、とにかく服飾の勉強に明け暮れ、1番に出社し店内をその日のスケジュールや店内の清掃、昨週や作年の結果から動向を考え対策・・・帰りは最後まで残って清掃や商品知識の習得。分からない単語は片っ端から辞書を引き、店内で店のことには誰よりも詳しくなるまで勉強した。別にお店のためとか、会社のためとか、お客様のためとかそんな立派な思想ではなく完全に自己満足。。。

 

 

 

 

するとアルバイト初めて2カ月後・・・会社の統括マネージャーが店を訪れ、唐突に「来月から福岡にできる親店舗で店長をやってほしい。」とのこと。広島に特に執着も未練も無く、一つ返事でOKした。「あ!学校どうしよう・・・」「あ!彼女もどうしよう・・・」舞い上がっていた僕は後になっていろんなことをすっぽかしていたことに気づいたが、とりあえず全部きれいにして福岡に行くことにした。

 

 

 

 

よく仕事なんかで「見ている人は見ているよ」という言葉を使う人がいるが、個人的にこの言葉使う人は嫌いなんですよね。。。見られているんじゃない。「見せている」だけだから・・・見せるのが上手なだけだから。それが苦手な人がだいたいこういうことで悩むのに中途半端な励ましは帰って不幸を招くと個人的には思うのです。話は逸れましたがこの福岡行きが良くも悪くも自分の人生を大きく変えたという話はまた次回。

 

 

なんとなく区切りがついたのでこの辺で!またね!